デス・オーバチュア
第280話(エピローグ9)「個別の七人〜後編〜」



愛しい愛しい、背の君。
あなたを愛したことを後悔したことは一度もない。
例え、あなたの心が……あたしにはなくても……。
あたしはあなたを愛し続けるだろう。
未来永劫、生まれ変わっても……。



昨夜、姉様は家に帰ってこなかった。
だから、あたしはこうして『お隣』まで迎えに来たのである。
「ブル〜ブル〜♪ ボクのブルーアイス〜♪」
「…………」
あまりにも予想外の光景があたしを出迎えた。
見覚えのある幼女二人が、楽しそうにかき氷を食べている。
意味不明な歌を口ずさんでいるのが自称紺碧の天使魚(エンゼルフィッシュ)……紺碧の守護人形アズラインだ。
ひと様の家に勝手にプールをおっ建てて、普段はそこに生息しているお気楽魚である。
「…………」
無言でシャリシャリとかき氷を食べているのが、変形の修道服を纏った幼女ランチェスタだ。
いつの間にか姿を消していたのだが、極東からあたし達が帰ってきた時にはまた住み着いていたのである。
留守番していたアズラインの話によると、ある日、ボロボロの恰好で我が家の前に捨てられていたそうだ。
ちなみに、色から察するにアズラインのかき氷はブルーハワイ、ランチェスタのかき氷はレモンと思われる。
「ここが元凶か……」
ファーストとセブンもおそらくここからかき氷を持ってきたのだろう。
屋敷に入った時最初に目に付いたのは『フィノーラちゃん追悼かき氷パーティー♪』と書かれた垂れ幕だった。
「おかわりおかわり〜♪」
「…………」
屋敷に点在するフィノーラの名残雪ならぬ名残氷が次々にかき氷に変えられ、彼女達の胃の中に消えていく。
確かに予想外の光景だったが、ここまでならそれ程問題は無い……と思う……多分……一応……。
問題は、アズラインとランチェスタだけでなく、見知らぬ人物がこの場に混じっていることだ。
『…………』
竜だ、二足歩行で人間サイズの青石(サファイア)の竜(ドラゴン)がいる。
体形からして本物の竜ではなく、おそらくドラゴンスケイルだかドラゴンメイルだかを全身に着込んだ人間だとは思うけど、頭部は完全に竜の貌だった。
右手には、二つの片刃曲刀を柄頭で逆向きに連結させたような武器が握られている。
『……参る!』
青石の竜は指先で武器をスクリューのように回転させると、一際大きな氷塊へと飛びかかった。
ある意味心地よい轟音を上げながら、スクリューが氷塊を先端から『削り砕いて』いく。
アッと言う間に氷塊が砕氷の山(かき氷の元)になってしまった。
「レヴィ〜、あんまり一気に削っちゃ駄目だよ〜」
「えっ?」
呆然とかき氷の製造過程を眺めていたあたしの前を、黒い飛行物体が横切る。
「砕いた後はただの氷だから溶けちゃうよ〜」
「……ボンテージファッションの小妖精(ピクシー)……?」
二枚の透明な翅(はね)の生えた黒ずくめの小人が、自分と同じぐらいの大きさのカップを抱えて、砕氷の山へと飛んでいった。
「アズライン……」
「あ、ファーシュちゃんのご主人様、かき氷食べる?」
「とりあえずいいわ……それより、あの子達誰? お友達?」
「うん、さっきお友達になったんだよ! レヴィちゃんとベルちゃん!」
「そう……」
あっさり陽気に答える、アズライン。
余計なお世話だろうけど、もう少し友達は慎重に選んだ方がいいと思うわよ……。
だいたい、あんな一目で人間じゃないと解る奴ら、いったいどこから湧いてきたのよ?
小妖精もどきは言うに及ばず、あっちの竜も例え中身は人間だったとしても、まず間違いなくただの人間ではない。
おそらく、さっき庭で会ったファーストやセブンと同じ存在だ……。
「アズライン……アレが何か解っていて……お友達になったの?」
「うん、悪意の塊、邪悪な精神生命体……人間が言うところの『悪魔』さん達だよね〜♪」
アズラインはどこまでも軽快で陽気な笑顔で言う。
「解ってるじゃない……悪魔とかき氷パーティー……」
悪い冗談のようだ。
「悪魔が四匹も……それも……」
一匹一匹が最高位の悪魔なのは間違いない。
最近までこの屋敷に居座っていた『魔王』にも、それ程ひけを取らないレベルの存在だ。
いや、あのファーストとセブンに至っては、純粋な魔力だけなら魔王より『上』かも……。
「四人じゃないよ」
「へっ?」
「全部で『七人』、今日お友達が増えたんだよ〜♪」
「こんな物はメロンではありませんわ、ただの緑の汁よ!」
「嫌なら、食べなきゃいいでしょう……」
「お黙りなさい! 蜜(みつ)なんかを美味しそうに啜るあなたのような昆虫とあたくしは違うのよ!」
「ムキーッ! みぞれ食べて何が悪いのよ! それに昆虫はわたしじゃなくてベルゼブブでしょう!」
「…………」
なんか後から、知らない二つの声が聞こえてきたけど……振り返って確認したくはなかった。
「高飛車なお嬢様タイプのマモンちゃん、生真面目な委員長タイプのベルフェゴールちゃん」
説明しなくていい説明しなくて!
だいたいタイプってなによ、タイプって!? お嬢様!? 委員長!?
「……これで六匹……残り一匹か……」
「ああ、エロエロ色魔タイプのアスモデウスちゃんなら、アンベルお姉ちゃんのご主人様のところだよ。かき氷より女の子が食べ……」
「いやああああああああっ! 姉様ああああっ!」
そんな危険な悪魔と姉様を一緒になどしておけない! あたしは屋敷の奧へと急いだ。



「クロス?」
「姉様!」
部屋の中には姉様の他にもう一人いた。
その男を一言で表現するなら『耽美』。
赤みがかった黒のウェーブヘア、情欲に揺れる赤い瞳(灯火)、王侯貴族のような優美な礼服を纏っていた。
て、こいつの容姿なんてどうでもいい!
あああっ! 何姉様の肩に手を回しているのよ! 姉様もなんで嫌がらないの!?
「姉様から離れろ、この悪魔ぁぁっ!」
あたしは悪魔の顔面に迷わず拳を叩き込んで……。
「あ、きゃあああっ!?」
「これはこれは情熱的なお嬢さんだ」
殴り飛ばすつもりがあっさりとかわされて、抱き締められてしまった。
「離しなさいよ! 嫌嫌嫌っ! 男は嫌ああああああっ!」
「おや、男性恐怖症かい? それなら問題ない……」
「へっ?」
何が問題ないのよ!? うわぁぁ、腕に力を込めるな、顔を近づけるなぁぁっ!
「クロス、『彼女』は女性だ……」
「えっ……えええええっ!?」
「美しき銀髪の女神よ、私と一夜の契りを……」
「お、お、女でも嫌よおおおおおおおおおおっ!」
接吻しようとするな、この色魔ぁぁぁぁっ!
助けて、姉様ぁぁっ! 奪われるうううううううっっ!?
「駄目だよ、アスモデウス、見境無く盛っちゃ〜」
「ぬっ、ひとの恋路を邪魔するか、ベルゼブブ」
あたしと色魔の顔と顔の間に、黒い小妖精が割り込んできた。
「気づいてないの、アスモデウス? 彼女はすでにあの二人と『縁』ができている……それでも手を出す〜?」
「ぐっ! それでは……仕方あるまい……泣く泣く引き下がるとしよう……」
色魔はあっさりとあたしを解放すると、姉様の方へと遠ざかっていく。
「あの二人……?」
「危なかったね、女神様」
黒い小妖精がこちらを振り返った。
「えっと……とりあえず礼を言っておくわ……ベルゼブブだっけ?」
全身を覆う拘束的な漆黒のファッション、長い黒髪を赤い二個の宝珠でそれぞれ束ね、二股の尻尾のように伸ばしている。
「ベルでいいよ〜。しかし、女神様も凄いよね〜」
「何が?」
「だって、ベルゼブブ、レヴィヤタン、アスモデウスの友好的悪魔トリオならともかく、あの残虐非道の悪魔ツインズに遭遇して生きているなんて奇跡だよ〜」
「残虐非道って……」
「で、残りの二人が成金堅物の悪魔コンビ……」
「誰が成金ですってぇぇっ!?」
「あなたがいい加減すぎるだけよ、ベルゼブブ……」
噂をすれば影、下でかき氷を食べていたはずの二人の悪魔までやって来た。
たぶん、金髪縦ロールの方がマモンで、ライトグリーンの長髪に眼鏡の方がベルフェゴールだろう。
金髪縦ロール=お嬢様、眼鏡=委員長と名(役柄)が体(外見)を表したかのような非常に解りやすい二人組だ。
「といった具合に、三組の仲良しグループに分かれているんだよ、ベル達は七罪主(しちざいしゅ)は〜」
「シチザイシュ?」
「まあ、七君主(セブンロード)とか、七大罪の悪魔とかありきたりな呼び名で呼んでくれてもいいけどね」
「……ああ、そうか! どうも聞き覚えのある名前ばかりだと思ったら、昔『辞典』で見たんだ……」
「そう、ベル達はあなた達人間からしたら、ダルク・ハーケンやカーディナルなんかよりもメジャーでしょう? だってベル達はあなた達人間が……むぎゅうっ!?」
『……喋りすぎだ……』
いつの間にか現れた青石の竜レヴィヤタンの右手が、ベルゼブブを一掴みにしている。
「レレレ……ブィ〜……」
ベルゼブブはレヴィヤタンの人差し指で口を塞がれているためまともに喋れなかった。
『余達七人は……汝の姉の武器に宿るモノ……それ以下でもそれ以上でもない……余計な詮索はしないことだ……」
「詮索も何も……その子が聞いてもいないのにベラベラと喋り出したんだけど……」
『……そうだな……コレは少しお喋りで無責任すぎる……』
「ムグゥゥ〜! ガジッ!」
『くっ……』
ベルゼブブはレヴィヤタンの指に噛みついて、戒めから脱出する。
「せっかく、ベリアルの『目』から逃れられたのに拘束するなんて酷いよ、レヴィ〜」
『…………』
「ベリアル? まだ悪魔が居るの?」
七匹で充分間に合っている、いや、持て余しているのだ。
八匹目の悪魔など冗談ではない。
『大丈夫だ……ベリアルはいない……ベリアルがいないからこそ……皆、『外』に出ているのだ……』
「そう、鬼の居ぬ間の洗濯ってやつだよ。今のうちに娑婆の空気を満喫しないとね〜♪」
そう言ってベルゼブブは小妖精というより、ブ〜ンブ〜ンとまるで蠅のように空を飛び回った。
「ベリアルね……」
その名も辞典で見たことが覚えがある、確かベリアルというのは……。
「ねえ、女神様。ベルは残虐非道ツインズの所に遊びに行くけど、一緒に来る〜?」
「クロスティーナ……クロスって呼んで。て、何であたしを誘うの?」
「クロスがあの二人に会って生きてるからだよ〜」
「はい?」
「いいからいいから、一緒に行こうよ〜♪」
「あ、痛たい痛いぃぃっ! ちょっと髪引っ張らないでっ!」
サイズ的にありえない怪力、無理に逆らえば髪が全部引き抜かれる!?
「姉様ぁぁ〜っ!」
「ああ、暗くなる前に帰るんだぞ、二人とも」
違う、そうじゃなくて!
助けを求める叫びは最愛の姉には伝わらず、あたしは黒蠅の悪魔(ベルゼブブ)に引っ立てられていくのだった。










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